時代に取り残された「カスハラ老人」―元経理部長の孤独な再出発
時代の変化に取り残された「カスハラ老人」―元経理部長の孤独な老後
日本の街角には様々な人々が行き交いますが、その中で目立ち始めたのが、スーパーや飲食店で大声を張り上げる「カスハラ老人」です。かつては社会で地位を築いていた彼らが、なぜこのように変貌してしまうのでしょうか。今回は、元経理部長として順風満帆な生活を送っていた67歳の大石ミツルさん(仮名)を通して、その背景を探ります。
「俺を誰だと思ってるんだ!」―失われた地位と孤独
ミツルさんは大手金属メーカーの経理部長として、42年間も勤め上げたエリートでした。彼の人生は、難関国立大学を卒業し、社内でも早くから出世コースに乗るなど、同世代とは一線を画すものでした。しかし、家庭では妻イクコさん(仮名)に家事や育児を任せっきりの亭主関白で、「金銭的に不自由はさせていない」と自信を持っていました。
定年退職後も、妻と旅行やゴルフを楽しむ計画を立てていたミツルさん。ところが、突然の妻からの離婚の申し出に、彼の人生は一変します。イクコさんは、長年の家庭での不満を爆発させ、「あなたから解放されたい」と毅然と離婚を要求。ミツルさんのプライドは打ち砕かれ、妻からの精神的な支えを失った彼は、徐々に孤独に追い込まれていきます。
年金減額の衝撃と「カスハラ」の芽生え
離婚から半年が過ぎた頃、ミツルさんのもとに年金機構からの封書が届きます。元妻が年金の「3号分割」を申請したため、ミツルさんの年金は毎月2.5万円減額されることに。これにより、彼の月収は26万円から23.5万円に減少しました。特に金銭感覚がルーズだったミツルさんは、この減額が生活にどの程度影響を与えるのかを把握していませんでした。
社会的地位を失い、友人からも疎遠にされる中で、日常的に顔を合わせるスーパーの店員が唯一の話し相手になります。しかし、自分を特別なお客様だと思い込んでしまったミツルさんは、店員の忙しさに対して声を荒らげ、「俺を誰だと思ってるんだ!」と大声を上げるようになります。結果、彼はスーパーから出入り禁止を言い渡され、さらなる孤独に追い込まれることに。
新しい生活の模索と社会への復帰
孤立無援となったミツルさんは、FP(ファイナンシャルプランナー)に相談することを決意します。FPの助言を受け、家計簿をつけ始めた彼は、赤字家計の改善に向けた具体的なステップを踏むことになります。支出を把握した結果、毎月0.5万円の赤字が発覚し、FPからは収入の範囲で生活することが求められました。
引っ越しや資産運用といった選択肢を除外したミツルさんが選んだのは、再び働くこと。内閣府のデータによれば、65歳以上の高齢者の就業率は年々上昇しており、彼も新たな職場を見つけることに希望を抱きます。「新たな職場での出会いが楽しみだ」と語るミツルさんですが、新しい職場では過去の栄光が通用しないことを心に留める必要があるでしょう。
このように、かつての地位を失い、孤独に苛まれる中で、ミツルさんは新たな生活を模索しています。彼のような「カスハラ老人」が増える背景には、社会的な役割を失った後の孤独や、変化に対する不適応が隠れているのかもしれません。時代の流れに取り残されないためには、柔軟な姿勢と新しい環境に適応する力が求められるのです。
[鈴木 美咲]