核なき未来へ!ノーベル平和賞で被団協の声が世界へ響く
核なき世界への願い:ノーベル平和賞授賞式に参加する被団協の勇者たち
ノルウェーのオスロで行われるノーベル平和賞授賞式に参加するため、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の代表団が出国する。被爆地広島からは「幼児被爆者」の箕牧智之さん(82)が、長崎からは最若手の林田光弘さん(32)が参加する。この二人が共に携えるのは、核兵器廃絶への強い思いと、被爆者としての未だ尽きない使命感だ。
箕牧さんが手にするのは、広島の工業高校の教諭である沢田和則さんが制作した銅の折り鶴。広島では折り鶴は平和の象徴として広く認知されており、箕牧さんはそのシンボルを通じて、言葉を超えた平和へのメッセージを発信する。「英語も話せないし、生々しい証言もできないが、この鶴で伝えられる」と語る彼の姿勢は、自らの役割を静かに、しかし明確に認識していることを示している。
一方、林田さんはSNSやクラウドファンディングを駆使して、若者たちが核問題に関心を持てるような工夫を凝らしてきた。彼が推進した「ヒバクシャ国際署名」は、20年末までに約1370万筆を集め、世代を超えた運動の継続を実現している。彼の情熱は、ただの行動力だけではなく、被爆者の体験を次世代に継承しようとする強い意志に根ざしている。
ヒロシマとナガサキの証言を未来へ:絵と写真のメッセージ
ノーベル平和賞授賞式に合わせ、ヒロシマの惨状を伝える13枚の絵がオスロで紹介されることになった。これらの絵は、数十年にわたる被爆者たちの証言が視覚化されたものであり、「人類全体への遺言」とも呼ばれる。広島市の原爆資料館が所蔵する約5000枚の絵から選ばれたこれらの作品は、ポストカードサイズに印刷され、来場者が手に取ることができる。
「絵の上手下手を超えた真実の尊さ」がここにある、と語ったのは広島の反戦画家、四國五郎だった。彼の言葉は、技術を超えたメッセージが持つ力を示唆している。絵は単なる芸術作品ではなく、被爆者たちが自らの体験を後世に伝えるための手段であり、その意義は時代を超えて輝く。
また、長崎の浦上天主堂の写真も展示される。1945年8月9日の原爆で倒壊したこの教会の姿は、原爆の威力を如実に示している。写真家の林重男氏が撮影したこの写真は、破壊された壁面をわずかに残す姿が、どれほどの悲劇がその地に起こったのかを静かに物語る。
未来への道しるべとしての被爆者の声
ノーベル平和賞授賞式は、受賞者たちの功績を讃える場であると同時に、世界に向けて平和への道筋を示す重要な場でもある。箕牧さんや林田さんがこの舞台に立つことは、被爆者たちの声が時を超えて響き渡ることを象徴している。
被爆者たちは単なる過去の語り部ではなく、未来を創るための道しるべである。その声は、時に静かでありながらも、圧倒的な力を持っている。それは、折り鶴の静かで美しい形に、またはハガキサイズの絵の一枚一枚に込められた思いであり、世界中の人々に核なき未来を訴えかけている。
核兵器廃絶は、決して過去の問題ではない。被爆者たちの声を聞くことは、私たちの未来を考えることに他ならない。ノーベル平和賞授賞式に参加する彼らの姿は、世界中の人々に平和の尊さを再認識させる瞬間であり、そのメッセージは今後も色褪せることなく、未来へと受け継がれていく。
[伊藤 彩花]