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2024年12月22日 22時11分

台湾で響く演歌の調べ 原田悠里と鳥羽一郎の感動コンサート

台湾で響いた日本の心 原田悠里と鳥羽一郎のジョイントコンサート

台湾の台中で開催された「台日慈善交流公益演唱会」は、演歌界の巨匠、原田悠里と鳥羽一郎のジョイントコンサートとして、心温まるひとときとなった。約1500人の観客が集まり、日本と台湾の文化交流を象徴するこのイベントは、両国の音楽ファンにとって特別な意味を持つものだった。

演歌の伝道師たちが台湾に届けたメッセージ

69歳の原田悠里は、「ウォー ス ウェン テンユリ(私は原田悠里です)」と流ちょうな中国語であいさつし、会場を沸かせた。彼女の代表曲「木曽路の女」「津軽の花」に加え、11日に発売したばかりの新曲「春待酒」を披露し、その声で台湾の観客を魅了した。原田は台湾に対する深い愛情を語り、「台湾の風景は懐かしく、台湾の人々は親切で親日の人が多い」と述べた。

一方、鳥羽一郎は初めて台湾のステージに立ち、デビュー曲「兄弟船」や新曲「鳥羽の海女」を披露。彼の歌声は、まるで海の彼方から風に乗って届くように、会場を包み込んだ。鳥羽は「台湾で『男宿』がブレークしていると聞いて、現地の人々の歌い方に新しい発見をした」と嬉しそうに語った。

台湾に根付く日本の演歌

台湾では、1980年代からカラオケ文化が広まり、日本の演歌が多くの人々に親しまれてきた。その背景には、日本の演歌が持つ情感豊かなメロディと歌詞が、台湾の人々の心に響く要素があることが挙げられる。特に、演歌の持つ「人情」や「郷愁」は、台湾の文化とも共鳴する部分があるのだ。

今回のコンサートに参加した台湾の歌手呉欣達も、幼少期から日本の演歌に親しんできた一人だ。「みだれ咲き」や「母ちゃんの浜唄」を情感たっぷりに歌い上げ、台湾における日本演歌の人気の根強さを示した。呉は「10歳のころから日本の演歌が大好きでした。今回も原田悠里さんと共演できて本当に嬉しい」と語り、演歌への愛情を改めて表現した。

友情と経験が育む音楽の力

原田悠里と鳥羽一郎は、1982年にデビューし、共に演歌の道を歩み続けてきた“戦友”だ。40年以上のキャリアを持つ彼らは、デビュー当初の苦労を振り返りながら、今もなお音楽の力を信じている。鳥羽は「それからのどの調子がいい」と、3年前に断酒した経験を語り、健康の大切さを実感しているようだ。

また、原田は恩師北島三郎からの教えを胸に、常に前を向いて歩んでいる。「つらい時ほど頑張っていれば必ず花が咲く」という言葉に支えられ、70歳を迎えてもなお、夢に向かって歩み続ける意思を表現する。「歩」という漢字に込めた思いは、年齢を重ねてもなお挑戦を続ける姿勢そのものである。

このように、原田悠里と鳥羽一郎のジョイントコンサートは、単なる音楽イベントにとどまらず、彼らの長年の友情と台湾の人々との深い交流を象徴するものとなった。音楽は国境を越え、世代を超えて人々を結びつける力を持っている。今回のコンサートは、その力を改めて実感させるものだった。台湾の心に響く演歌の調べは、これからも多くの人々の心に残り続けるだろう。

[松本 亮太]

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