国際
2024年11月25日 01時34分

メルケル前独首相の回顧録が明かすトランプ氏との対立と国際政治の舞台裏

メルケル前独首相の回想録に見る、トランプ氏との対立と国際政治の複雑な舞台裏

ドイツのアンゲラ・メルケル前首相がその半生を振り返る初の回顧録『自由 記憶1954-2021』を発表した。メルケル氏が描くのは、ドイツの政治舞台だけでなく、国際政治の複雑な舞台裏で繰り広げられた彼女の16年間の首相在任期間中の経験だ。特に目を引くのは、ドナルド・トランプ米大統領との対立と、彼女が直面した多国間主義への挑戦である。

メルケル氏の回顧録におけるトランプ氏の描写は辛辣だ。「不動産業者の目ですべてを判断する人」と評されるトランプ氏は、国際関係を勝者と敗者の二元論で捉え、協力による共存繁栄を否定する姿勢を貫いた。メルケル氏はこの姿勢を「多国間主義への挑戦」として捉えており、トランプ政権下での国際協調の難しさを浮き彫りにしている。

トランプ氏との対立とメルケル氏の外交戦略

メルケル氏とトランプ氏の対立は、特に北大西洋条約機構(NATO)の防衛費負担や貿易摩擦において顕著であった。トランプ氏はNATO加盟国に対し、防衛費の負担増を強く求めたが、これはメルケル氏にとって大きな外交的課題となった。メルケル氏は防衛費の偏りを是正するために努力したが、トランプ氏との意見の相違は解消されることなく、米独関係は冷え込んだ。

さらに、メルケル氏はトランプ氏の国際関係におけるビジネス的なアプローチにも苦慮していた。トランプ氏は国際交渉を一方が得をすれば他方が損をするという視点で捉えており、これが国際協調を阻む要因となった。メルケル氏はフランシスコ・ローマ教皇に「根本的に異なる意見」にどう向き合えば良いか助言を求めたとされ、このエピソードは彼女の外交的な苦闘を象徴するものである。

メルケル氏のロシア政策とウクライナ問題

メルケル氏の回顧録は、ウクライナ問題に対する彼女の立場についての洞察も提供している。2008年のNATO首脳会議でウクライナの「将来の加盟」に合意しながらも、具体的な手続きを進めなかったことについて、メルケル氏は「ウクライナに加盟行動計画(MAP)参加の地位を与えることで、プーチン氏の侵略から守れると考えるのは幻想だ」と主張した。彼女は、ウクライナが加盟を急げば、無防備な状態で侵攻を受ける恐れがあると判断し、慎重な姿勢をとった。

この決定は、後にウクライナのゼレンスキー大統領から批判を受けることとなったが、メルケル氏はその立場を堅持し続けた。彼女のロシアに対する融和政策は、ウクライナ侵攻を招いたとの批判を受けることがあるが、メルケル氏はプーチン大統領がウクライナ加盟実現を座視するとの考えは「幻想だ」と反論している。

メルケル時代の終焉と未来への展望

メルケル氏は、16年間にわたる首相在任期間中、ヨーロッパにおける安定の象徴と見なされ、「欧州の盟主」とも称された。彼女の回顧録は、国際政治の舞台での彼女の役割と、彼女が直面した課題を通じて、世界が直面する複雑な問題を浮き彫りにしている。

退任後のメルケル氏は公の場での発言を控えていたが、今回の回顧録の出版は、彼女の政治的洞察を広く伝える貴重な機会となる。彼女の経験は、現在の国際情勢に対する理解を深める上で重要な示唆を与えるものであり、次世代の指導者たちにとっても有用な教訓となるだろう。

メルケル氏の回顧録は、日本を含め約30カ国で出版される予定であり、多くの人々が彼女の視点から世界を再評価する機会を得ることになる。彼女の見解は、過去の出来事を振り返るだけでなく、未来を見据えた国際社会のあり方を考える上での重要な指針となるだろう。

[鈴木 美咲]